短編小説の航路

  • 『寒い季節の恋愛小説』
  • 『寒い季節の恋愛小説』

     作家の剣持剛は、京都へ向かう新幹線のグリーン車で、かつて自分の本を担当した編集者であり親友の栗原圭介とばったり出会うところから物語は始まります。「寒い季節の恋愛小説」というタイトルの小説を考えているという剣持は、栗原が少しだけ付き合った女性で、相手が広島に引っ越して以来、1年以上会っていないという話を聞いて、彼女とすぐに連絡を取れと言います。それを小説に書くから、また会って話そうということになります。物語は確かに恋愛小説なのですが、実際に描かれるのは50歳を過ぎた2人の男の会話だけなのです。

    公開日 2020年2月12日

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  • 『金曜日、雨模様、気温8度』
  • 『金曜日、雨模様、気温8度』

     起点・終点の駅から3つ西に行った街に住む27歳のフリーライター、上杉邦彦は、そのまま降りればまっすぐ目的の出口に出られるのにも関わらず、踏切を渡るために跨線橋を渡り、反対側に出て踏切が開くのを待ちます。そこで旧知の女性ライター、関根亜紀子に声を掛けられることから物語が動き出します。踏切のある街をモチーフにした短編集で30歳までに作家デビューを考えている上杉は、亜紀子が今年いっぱいで街を離れるという話を聞きます。その後も出会う女性たちから、環境を変えるという話を聞く上杉。これは街の変化についての物語です。

    公開日 2020年4月6日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『これでいくほかないのよ』
  • 『これでいくほかないのよ』

     バーの近くのキャバレーが閉店することになって、職を失ったホステスとバンドマン、お互い顔は見知っていても、口をきくことは無かった二人が、バーで出会い、バーの店長の男が話した、この町にあった団子屋のみたらし団子をきっかけに、元ホステスの彼女とバンドマンの男が、この町の団子屋を復活させようと動き出します。団子を作った経験もない男女と、団子が好きなバーの店長の三人の物語が始まるまでが映像のように語られる小説です。

    公開日 2020年6月3日
    『これでいくほかないのよ』(亜紀書房/2022年4月刊)に収録

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  • 『お砂糖とクリームはお使いになりますか』
  • 『お砂糖とクリームはお使いになりますか』

     小説というものは、形になりにくい何かを情景の具体的な描写によって想像の中で形にしてしまう力を持っています。この小説は主人公である矢吹由美の服装の細かい描写、珈琲についての描写、彼女が毎週のように珈琲豆を出前して、一晩を過ごす大学教授の吉野夏彦による詳細な銃の解説、その銃が文鎮となって押さえている原稿用紙に書かれた、シナリオ風の小説の下書き、それらが積み重なって、一つの物語が出来上がっていく様子を目の当たりにできる、これはそういう小説であり、愛情の色んな側面を小説によって形にする実験でもあります。

    公開日 2020年6月15日

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  • 『黒いニットのタイ』
  • 『黒いニットのタイ』

     ライターの西野晴彦は、ビーンという空豆を模したようなカウンターのある、バーのような、しかしそうではない店のオーナーで出版社も持っている米沢光太郎から、小説を書かないかと誘われています。ビーンで彼に付いた吉川久美子もまた、米沢から誘われて、この店で働き、この後は米沢の出版社に勤めることになると言います。西野が久美子に渡す黒いニットのタイに合わせるシャツの色、フライドポテトに付けるソースの色、コーヒーの色、スパムと目玉焼きの色、西野が目にする色彩が、BLTサンドのイメージとなってひとつの物語が生まれます。

    公開日 2020年10月28日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『ただそれだけ』
  • 『ただそれだけ』

     作家の三枝美加子は、街で見かけた人と風景がひとつにまとまる瞬間の写真をスマートフォンで撮ります。撮りながら、それをどのように切り取って「写真」にしようかと考えます。美加子は、かつて流しをやっていたことがあり、モデルガンが好きな女性です。そんな彼女が依頼を受けた小説について思いを巡らせます。雑誌の担当編集者との会話を思い出しながら、彼女は創作ノートにプロットのタネを書き込んでいきます。女性とはいっしょに住まない方がいいと思っている男についての2つのエピソードは、どのような形にまとまるのでしょう。

    公開日 2020年12月23日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『レモネードとあさりの貝殻』
  • 『レモネードとあさりの貝殻』

     コロナ禍の夏、作家の西条ミレイは、編集者の中原美也子から、毎月50枚の短編を1本、12ヶ月書くという連載企画の依頼を受けます。それからミレイは、最寄駅の側まで散歩をしてコーヒーを飲んだり、ただ歩いたりして過ごしながら、朝から雨だった9月のある日、連載の最初の一本として考えていた構想をメモとして書き出します。そうして日々を過ごして、自分がしたことや考えたことを、その順番通りに書けばいいと決めて、メモした構想を『馬鈴薯を食べる』という小説として書き始めます。想像と現実の重なりから小説が生まれる物語です。

    公開日 2021年3月24日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『どしゃ降り餃子ライス』
  • 『どしゃ降り餃子ライス』

     短編小説の航路の一編『餃子ライスにどしゃ降り』(『雨は降る降る』へ改題)に続く、餃子ライスを主題にした短編小説の第二作です。タイトルもそっくりですが、餃子ライスとどしゃ降りを主題としている以外は、全く別のそれぞれ独立した物語です。二十六歳のライター山野祐司は、高校の同級生であり付き合っている藤代加奈子に作家になりたいなら、まずは小説を書かなければと言われます。これから餃子ライスを食べに行くのなら、それをそのまま小説に書けばよいと彼女は言います。そうして祐司は餃子ライスを食べに行くのですが、そこでどしゃ降りにあってしまいます。

    公開日 2021年5月26日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『六十四年インパラ』
  • 『六十四年インパラ』

     梅雨の冷たい雨の中、傘もささずに三人の独身男性が歩いています。彼らはそれぞれによく似た、しかし細部が違う高性能のレインウェアを着て、各々のスタイルで歩いています。年齢も格好もよく似た三人ではあるけれど、それぞれ、行き先も持ち物も違います。駅でひとりが別れ、空港でもう一人が迎えに来た彼女が運転する六十四年製インパラに乗ります。それを見送った三人目は、飛行機に乗れず、この土地で一泊することになります。雨の夜の男たちの行軍と別れは、それだけで物語となります。物語を繋ぐのはバークレイズのスペアミントです。

    公開日 2021年6月30日
    『これでいくほかないのよ』(亜紀書房/2022年4月刊)に収録

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  • 『雨が降ります』
  • 『雨が降ります』

     雨が降りそうな日、作家の吉野美紀子の家に中原恭子が訪れます。彼女は美紀子の担当編集者です。二人はとりとめなく食事の話をして、美紀子が書いた「雨が降る」という短編小説について話します。ずっと雨が降っていて、しかしそこには物語上の意味がない、そこがポイントになっている恋愛小説です。恭子は美紀子に海老フライ、餃子、炒飯が出てくる短編小説を依頼し、美紀子はそれについて想像を始めます。美紀子の日常に彼女が書いた小説とこれから書く小説が重なり、その全体がひとつの物語になる、想像力についての物語です。

    公開日 2021年7月28日

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