短編小説の航路

 「短編小説の航路」シリーズは、2018年1月から2022年9月まで片岡義男ドットコムの有料会員向けに、Webだけで読めるデジタル発の小説として掲載された短編連作です。まずは著者からのメッセージをお読みください。

  • 片岡義男
  •  2022年10月から「短編小説の航路2」を始める。「短編小説の航路2」という題名は、書き手である僕のごく個人的な思いであり、実際は『果てなき航路』という題名のもとに、短編小説がいくつもつながることになる。『果てなき航路』の文字デザインは平野甲賀さんだ。かつてどこかで使ったものだそうだが、たいへん良いので、新たな題名として流用することにした。会員への還元として僕にもっとも向いているのは、短編小説を書くことだ。少なくともひと月に一篇は新しい短編を、『果てなき航路』の題名のもとに、会員のために、掲載する。
    2022年7月吉日 片岡義男

 片岡義男ドットコムは2015年にスタート。1人の作家の作品をデジタルとしてアーカイブするという、先駆的な試みに賛同しご支援頂いたプレミアム会員は今日までに770名を突破しました。これは作家・片岡義男にとって大きな声援となっています。その声援に対し自分ができること、それは書くことしかないだろう、と片岡義男は常に言ってきました。「果てなき航路」シリーズ第1作は11月公開です。どうぞお楽しみに!

 連載に先立ち、これまでの「短編小説の航路」シリーズ(全39話)を一覧できるインデックスを作成いたしました。すべて片岡義男ドットコムで書き下ろし作品として公開されたものです。もし読み逃している作品がありましたら、新連載スタート前にぜひお読みください。
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  • 『教えてあげましょうか』
  • 『教えてあげましょうか』

     女と男の再会がある。25年ぶりだという。しかしそこにあるのは二人だけのストーリーではない。二人を仲介した共通の友人がいて、そして過去の二人の仲にかかわる、姿は見えないがもう一人の女性の存在がある。25年分の過去の蓄積はそのままその人自身だから、25年と25年がコツン、とぶつかる。カウンターで。コーヒーを飲みながら。この短編の中で大きな割合を占める二人の会話は、復讐と和解とがまだら模様になったような、サスペンスとリラックスのストライプのような、それはやはり25年の歳月を経た大人たちの言葉なのだ。そしてピタリとキマるラストの1行に唸る。

    公開日 2018年1月30日

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  • 『イツモクルオンナノヒト』
  • 『イツモクルオンナノヒト』

     商店街の喫茶店に勤めるムンバイから来た青年トニーは、ライターの三浦に「イツモクルオンナノヒト」がさっき来たと伝えるところから始まる物語は、三浦の「イツモクルオンナノヒト」という言葉についての考察を経て、その当の「オンナノヒト」である仁美が小説を書くきっかけを作る。そして彼女が再び、その喫茶店を訪れた時、彼女の中に一つの物語が生まれる。この短編小説は、二人の男女を通して小説がどのようにして生まれるのか、その瞬間を描いた作品なのだ。しかも、その内容は、片岡義男流小説講座にもなっているという構造が見事。

    公開日 2018年3月15日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『浴衣とコロッケそして佃煮』
  • 『浴衣とコロッケそして佃煮』

     喫茶店を残した母と、主人公である、その息子と従弟。息子と従弟と従弟の妻、閉店するバーのママとその友人と、喫茶店を継ぐ予定の主人公。3人で社会は構成され、その中の2人が物語を動かす。「浴衣とコロッケそして佃煮」は、3人の社会の中の2人が繋いでいく、カレーとコーヒーとコロッケと弁当と佃煮が食べたくなる物語だ。少しづつ重なる人間関係と、その中で変化していく日々の暮らしのグラデーションを通じて描かれる、何かが始まる予感のようなもの。短編小説だからこその、その微妙な空気の変化を感じてください。

    公開日 2018年5月10日

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  • 『嫌なことからは逃げる』
  • 『嫌なことからは逃げる』

     「町で見つけた小さな謎」や「日本国内でのほんのちょっとした旅」といった連載を雑誌に書いている主人公。その「書く」という行為が日常になっている男の行動をそのまま物語にしたような作品です。何をするにも「考える→動く」というスタイルが習い性となっている「物書き」という職業についての物語と言ってもいいかも知れません。その生き方をまっとうするための、最も大切なことが「嫌なことからは逃げる」ことなのでしょう。逃げながら、しかし迂回していても、いつか問題には直面します。その逃げる過程がまた物語を生むのです。

    公開日 2018年5月31日

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  • 『あとがきを書いてください』
  • 『あとがきを書いてください』

     作家と編集者の雑談が、ゴム飛ばしの話をきっかけにイメージを具体化していきます。同時に、作家はゴム飛ばし銃やエアガンへの興味を深めていきます。編集者は、それを煽るように資料を送ります。小説が、どのように作られていくかというテーマは、この「短編小説の航路」に繰り返し現れますが、今回の物語は、そこにゴム飛ばしと、それに付随する様々なアイテムを詰め込むことで、モノと手触り、輪ゴムが飛ぶ面白さが、物語の中でどのように機能するのかを教えてくれているようです。「イツモクルオンナノヒト」とも呼応する、短編小説がどう生まれるのかの物語。

    公開日 2018年6月14日
    『いつも来る女の人』(左右社/2021年6月刊)に収録

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  • 『ケチャップが赤く笑う』
  • 『ケチャップが赤く笑う』

     居酒屋のメニューは、どこも同じようで、でも、そのメニューの中で差が生まれます。うまい居酒屋とそうでもない居酒屋は、そんな風にできあがります。そして、うまい居酒屋には、自ずと人が集まります。お互いに失業し離婚した親友といっても良い二人の男性が飲んでいる時に、その片割れの旧知の女性たちがやってくるのも、うまい居酒屋としての必然でしょう。そのようにして、風景が変わっていく居酒屋の中で、このお話の主役ともなるフライドポテトが登場します。その鮮烈なイメージは、それまでの様々な話題を全て吹き飛ばして、最後に物語が残ります。

    公開日 2018年7月12日

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  • 『葛切りがおでんの前菜』
  • 『葛切りがおでんの前菜』

     一年以上も小説を書かないでいた男と、多忙で有能な妹。二人は京都で再会し、食事をしながら語り合います。御所南での買い物、四条で食べる葛切りなど、兄妹の会話ははずんでいきます。そのなかで男は、現実と虚構の混じった不思議な物語を書くことを思いつきます。

    公開日 2019年2月20日

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  • 『今日も海老フライの人』
  • 『今日も海老フライの人』

     自分の時間とは、どの時間を指すのでしょう。「今日も海老フライの人」の主人公は、自分の時間がどこからどこまでかを明確に線引きしています。彼によると家と会社には自分の時間はありません。でも、休日に夫婦で過ごす時間も大事にしています。それぞれに家を持つのが理想と言いつつ、夫婦でお気に入りのバーに行くのも、また楽しめるのです。そんな彼のスタイルを否定することなく受け流す奥さんの絶妙な態度は、自分の時間だという会社帰りの夕食で、いつも海老フライを食べているという彼の真実を知っているからこそなのでしょう。

    公開日 2019年4月5日
    『小説トリッパー』(朝日新聞出版/2020年秋号)に収録

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  • 『踏切を渡ってコロッケ』
  • 『踏切を渡ってコロッケ』

     この物語の主人公は、京都で働く女性と結婚し、しかしそのまま京都と東京で別々に暮らしていました。そして1年を経て上京し東京で働く彼女と同居することになります。結婚し、同居するという行為にまつわる事の全てが、ここにあると言っても過言ではないくらい、主人公が決断する「2000冊の蔵書を全て売却する」という行為は象徴的に、誰かと一緒に住む、という事の真実を顕にします。最終的に二人が決める新居は、彼が本を売らなければ見つからなかった場所です。ということは、やはり増え過ぎた本は売るのが正解なのでしょう。

    公開日 2019年4月19日
    『窓の外を見てください』(講談社/2019年7月刊)に付録として収録

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