2023年9月、ボイジャーのオフィスに米国ニューヨーク市在住の作家アシュトン・アップルホワイトさんをお招きしました。アシュトンさんは作家であり、社会正義のための活動家でもあります。アシュトンさんの活動はNHKニュース番組でも取り上げられました。長いこと米ボイジャーで一緒に働いてきた私たちチームの一人です。
アシュトンさんは『エイジズムを乗り越える 自分と人を年齢で差別しないために』のベースとなったブログ書いている間、こう考えたそうです「私は現代の作家になれる。ツイートして、ブログを書いて、講演をする。別の本を書く必要はない! でも、本は重要だ。文化を変えることができる」。
アシュトンさんの執筆生活はどのようなものか、著者から見たアメリカの出版事情、高齢者の生きがい、など、どうぞご覧ください。
インタビュー:デジタル時代の一人の作家——アシュトン・アップルホワイトさんに聞く
聞き手:鎌田純子(ボイジャー)
2023年9月、酷暑が一段落し、秋の気配が少しだけ漂う日の夕方、東京・表参道に近いボイジャーのオフィスに米国ニューヨーク市在住の作家アシュトン・アップルホワイトさんをお招きしました。アシュトンさんは作家であり、社会正義のための活動家でもあります。
1952年生まれの71歳、白い七分袖の薄手のチュニック、明るい水色のストライプ柄のパンツ、赤のスリッポンシューズという装いでオフィスに現れました。
アシュトンさんの最新著作『This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism』が城川桂子さんの翻訳で日本語化され、2023年5月に『エイジズムを乗り越える 自分と人を年齢で差別しないために』(ころから社刊)という邦題で出版されました。
25年のキャリアを通じてビッグ4の3社から本を出しているアシュトンさん。アシュトンさんの執筆生活はどのようなものなのでしょう。
米ボイジャーと米国自然史博物館で執筆技術を磨く
アシュトンさんはもともと読書が好きでしたが、作家になろうとしたことも、ライティングの勉強をしたこともありませんでした。「ですから、上達するには実際に書いてみるしかありませんでした」
1990年当時、アシュトンさんは知人の推薦をうけ、ニューヨーク市にある米国自然史博物館の教育部門に勤務していました。
「科学を勉強していたわけではありませんでした」と言ってから、「でも、学校の先生や科学者の人たちと一緒に、教育者や一般市民向けの資料を作成していました。素晴らしい仕事でした。あらゆるものについて書いていました。天体物理学、海洋学に始まり生態学や侵略的外来種のことまで書きました」と続けました。
アシュトンさんは週21時間のハーフタイムで約20年間、65歳になり政府の医療保険に加入するまで、博物館に勤務しました。
また、ニューヨークにあったボイジャーでの仕事でも多くのライティングの経験を積みました。
当時、130人ものスタッフがいて、数十のプロジェクトが動いていました。それらはすべてマルチメディアCD-ROMとなり、ジャケットに入れられて、大手書店で最先端の電子書籍として販売されていました。アシュトンさんは作品カタログやジャケットやパッケージの作品紹介を書いていました。
「わずかな行数で作品とセールスポイントを説明しなければなりませんでした。とても大変でした」と語りました。
米ボイジャーの標語「BRING YOUR BRAIN」もアシュトンさんの考案でした。アシュトンさんは「知恵を絞ろう、この作品があなたに考えさせるだろう」という意味を込めました。日本のボイジャーでも使っています。
「父は、私が文章を書くようになった理由の一つだと思います。父は元米国中央情報局(CIA)で、引退後、発明家のR・バックミンスター・フラーと『SYNERGETICS I』と『SYNERGETICS II』で一緒に仕事をしていました。私は四人兄弟の2番目で、父は兄にとっては厳しくて最悪の父親だったと思います。倫理的な人でもなかったし、良い夫でもなかったと思います。私が母の倫理観を受け継いでいるといいのですが。でも私にとっては素晴らしい父でした。感謝しています。父の茶色の瞳、そして建築や科学へ興味の後を追い続けています」
「Cosmic Fishing」
さまざまな離婚後の女性を取材
アシュトンさんは1997年45歳のとき、離婚を切り出した女性たちに関する著作『Cutting Loose: Why Women Who End Their Marriages Do So Well』(「解放、結婚を解消した女性がうまくいく理由」の意)を執筆します。
アシュトンさん自身が結婚生活を終わらせようと決心したとき、米国では離婚は三組に二組が女性からの申し出だということに驚きました。そこでアシュトンさんは離婚後の実態を調べ始めたのです。「従来のシナリオでは、女性は孤独で悲惨な結末を迎えることになっていますが、でもそうではありません」
「『Cutting Loose』は私の最初の本格的な本です。19社に出版企画を持ち込みましたが、48時間ですべて断られました。ハーパーコリンズ社だけが前払い印税を大金で提示してくれたのです。2017年にはペーパーバックになりました。『This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism』を出版した後です」
ハーパーコリンズで4万部売れているそうです。
「Cutting Loose」
姑の一言でブログを開設
アシュトンさんの新たな伴侶のご両親は、ルース・スタインさん、ビル・スタインさんという80代後半のベテラン書店員でした。あるときルースさんからアシュトンさんは「それでいつ引退するの?ってよく聞かれる。この問題について書くべきだ、あなたは」と言われました。そこで、2007年に「So when are you going to retire?(いつ引退するの?)」というブログをsowhenareyougoingtoretire.comで立ち上げ、80歳以上であること、そして何らかの形で雇用されている人にインタビューを開始しました。
「みんな誰かしらそういう人を知っていました。下の階に住んでいるピアノの先生、公園でアイスクリームを売っている人、彼らの会計士、会計士のお母さん。米国中を旅して回りました」
アシュトンさんは友人や家族の家に泊まりながら、調査を続けました。博物館の給与や、ブルックリンの持ち家の家賃収入があったので、「出費は少なかったです。この取材をやり終えるには4から5.6年はかかると思っていました」
調査を進めるうちに、働いている人に焦点を絞るのは狭すぎると気づきました。「それで、名前をStaying Vertical(垂直な姿勢を保つという意味)に変えました。惰性に対抗して活動的でいるという意味です。でも、それもダメだと気づきました。その名前だと、体が動かない人たち、おそらく立ち上がることすらできない人たちが興味深い価値のある人生を送っているとしても、はじき出してしまいます」
「エイジズムを終わらせる運動は、すべての人間を表さねばなりません。私たちは年齢とともに失うものがあることを認めるべきです。米国文化は、仕事を続けている人や若い頃と同じような見た目を保っている人を賞賛します。いわゆるアクティブエイジャー、サクセスフルエイジャーですが、こういった人たちは少なくて、全人口にすれば特別な割合です」
アシュトンさんはブログと本のタイトルを「This Chair Rocks(「この椅子は揺れる」の意)」と呼ぶようになります。「小柄な老婦人がロッキングチェアに座って編み物をしている典型的な老人像への挑戦です。ロックには米国のスラングでエネルギッシュで刺激的という意味もありますから」
ご自分の健康法を聞いてみると、アシュトンさんは運動が苦手。ただ、健康的な食事と体に良い習慣を心がけていて「例えば、両手を使わないで椅子から立ち上がるとか」と答えてくれました。
最新作はブログから
アシュトンさんはとてもゆっくりと手間をかけながら書きます。自分のアイデアを書き留めていくためにブログを始めました。
「本にしようとは考えていませんでした」と言います。
「自分に向かって、アシュトン、このブログの存在は誰も知らない。あなたが書いているものは誰も読んでいない、と言い聞かせていました」
アシュトンさんはこう考えました。「私は現代の作家になれる。ツイートして、ブログを書いて、講演をする。別の本を書く必要はない! でも、本は重要だ。文化を変えることができる」
その考えどおり、年齢差別についての講演を始め、だんだんと支持と評判を得るようになりました。
本を書いてほしいという人たちがそれなりの人数となり、アシュトンさんは書籍作りに取り組みました。『This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism』の原稿の執筆と編集に1年半を費やしました。契約で次作の優先権を持っていたハーパーコリンズ社に送ったところ、この種のテーマの本はまだ1冊も出版されていないという理由で断られたそうです。「実際、こう言ったのです。この内容を他の誰も書いていないことを懸念していると。出版社というものは新しい思想を世の中に送り出すビジネスをしているにもかかわらず!」
アシュトンさんは、出版社は安全で、確立された商品カテゴリーに適合するものを好むと言います。
他の出版社からも納得できる条件を得られませんでした。そこで、2016年に伴侶であるボブ・スタインさん(米国ボイジャー創業者)の協力のもと、『This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism』を自費出版しました。2万2000部売りました。「私は多くの講演を行うようになってきていました。話をするときには本を箱に詰めて持っていきました」
その2年後、セラドン・ブックスと出版契約をしました。セラドン・ブックスはマクミラン社が新たに立ち上げたインプリントです。その創業初期の1冊として本になりました。
インプリントとは米国の出版業界用語で、出版社の内部にある独立採算制の出版事業部のことです。サイモン&シュースターが加わったペンギンランダムハウス、そしてアシェット、マクミラン、ハーパーコリンズは米国出版社のビッグ4と呼ばれています。
2017年4月TEDでの講演も行い、今までに約200万ビューを記録しています。
※TED talksとは: 非営利団体TED(Technology Entertainment Design)がネットを通じて行っている動画の無料配信のこと。講演会「TED Conference」(テッド・カンファレンス)などから数千本を選別し、公開している。
デジタルで発表することが現代の作家
60歳もしくは65歳で定年は日米共通です。アシュトンさんは強制的な引退は有害で差別的だと考えています。「理想的には、制度として、年配の労働者にお金を節約する時間、自分の知っていることを伝える時間をあげていけば、仕事からだんだんと引退できるようになれます」
もしもクビになったり解雇されたりすると、年配者は仕事を見つけるのに時間がかかります。成功しないことも多い。再就職できたとしても、同じ給与水準になることはほとんどありません。つまり、経済的苦難や社会的苦難が待ち受けています。アシュトンさんによると「良い老後を過ごすために、もっとも大事なことは健康でもお金でもありません。社会とのつながりです。特に男性にとって、仕事はアイデンティティや社会的つながりの主要な源です」
アシュトンさんは「大人ができることを子供ができない理由がある」として、特に子どもについては、年齢制限は理に適う状況があると考えています。あるいは、例えば現役兵役または消防隊といった職種によっては、35歳までで制限することも理に適うとしています。これらの仕事は体力と運動能力を必要とするからです。
「でも、近代社会ではほとんどの仕事はそうではありません」と指摘します。「自動化は肉体労働の代わりで、特に日本のように高度な工業国ではそうです。つまり、仕事が肉体的に有害でないならば、ある年齢になったら仕事をやめなければならないという正当な理由はないのです」
アシュトンさんは、年配の労働者は技術的な能力がないというのは、誤った有害な偏見だと言います。息子マーフィーさんは以前、大学院の教授は年寄りだからオンライン資料を整理できなかったと思っていました。アシュトンさんは、根本的な問題は年齢ではなく能力であり、他の年配の教授たちはデジタル技術を使いこなすのに何の問題もないと指摘しました。「ボイジャー・ジャパンが完璧な例です」
「たいていの偏見や差別は無意識なものです。私たちは気づかないうちにこうした考えを取り入れています。仮にそのバイアスに気がつかなければ、それに挑戦することもできません」
インタビューの最後、アシュトンさんは、当日誕生日を迎えた日本のボイジャーの創業者である萩野正昭さん(77歳)にこう語りかけました。「あなたは、世界が必要とし、欲しがるものを作り、有意義なビジネス関係や友人関係を続けています。そして孫娘がいて、とてもかわいがっていることも知っています。ですから、あなたは意義と目的を持って年齢を重ねている素晴らしいお手本だと思います。日本のボイジャーでともに働いている人たちは、お互いに思いやりを持ち、懸命に働き、働かない方がいいときには働かない。誰もが尊敬され、意義と価値が共有されているならば、それはあなたからの贈り物なのです。グループへ、そしてグループからあなたへ。誕生日おめでとう」と締めくくりました。
インタビューを終えて
自ら年齢差別的な考えや固定観念にしばられず、自分ができることをやってみる。現在ボイジャーでは、デジタル一滴シリーズとして『50代から始めるデジタル出版』の出版を準備中です。こちらにも通じるテーマだと感じました。
英語もろくに話せない自分がなんとかインタビューを行えたのは、AIを利用した自動翻訳ソフトのおかげです。アシュトンさんからも内容の確認にたくさんの協力をいただきました。
アシュトン・アップルホワイト略歴
1952年米国生まれ。作家、アクティビスト。エイジズムの専門家としてニューヨーク・タイムズをはじめ多くのメディアに記事やコメントを寄せている。2019年に本書(原題:This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism)をセラドン・ブックスから刊行。2022年に国連が提唱する「健康な高齢化の10年」において「世界をより良い高齢化社会へと導くリーダー(Healthy Ageing 50)」に選出。(ころから社ホームページより)
・ころから社刊『エイジズムを乗り越える 自分と人を年齢で差別しないために』
http://korocolor.com/book/9784907239671.html
・Celadon Books刊『This Chair Rocks: A Manifesto Against Ageism』
アシュトンさんからボイジャーをサポートしてくださっているみなさんへ、本のプレゼントがあります。締め切りは11月15日(水)です。ご応募お待ちしています。
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※お申し込み締め切り 2023年11月15日
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