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2018年4月25日
東日本大震災や東電女子社員殺人事件といった現代日本の重大事件を歌舞伎の題材とする。そんなことが可能なのか? 『小田切しん平 劇作集』では、それを実行しています。そして、その手法には前例があります。江戸時代元禄期に起きた赤穂事件を題材として、室町初期の物語として制作された『仮名手本忠臣蔵』です。直接、大名の醜聞を取り上げることを禁じられた時代で、文学の力によってマスメディアと社会批評の役割を果たした作品です。戯曲には、このような力があります。
小説、漫画、映画、アニメ……。「物語」を伝える媒体はさまざまです。その中で、「戯曲」という形式は、なじみのない人も多いかもしれません。有名な戯曲としては、やはりシェークスピアが挙げられるでしょう。ギリシア悲劇なども、よく知られています。そうした名作を読むと、台詞とト書きだけで構成された作品に、奥の深い物語の世界が広がっていることがわかります。戯曲もまた小説や映画に劣らない、人の心や時代を伝える表現の形式なのです。
『小田切しん平 劇作集』は、歌舞伎、オペラ、映画など多彩な種類の台本の形で、5つの短編を収録した作品集です。歌舞伎やオペラというと、知らない人は難解そうに感じるかもしれません。ですが、この作品集を読むと、その読みやすさに驚かされます。筆者も、この作品集を読んで、戯曲の面白さを知った一人です。
仏陀の故郷であるシャカ国を滅ぼした暴君ビルーダカ王に秘められた哀しみ。防衛大学校という、ともすれば殺伐としがちな場所に笑いと安らぎをもたらすべく、落語部の設立に奔走する女子学生。時代も舞台もさまざまですが、この作品集に共通しているものは、人間への温かな眼差しなのです。
公式HP:緑林軒 小田切しん平