作品紹介
関ヶ原の合戦直前、徳川家康の命で桐生領民が旗絹を織り上げる中、彦部信勝はいち早く良質な旗竹約400本を伐り出し献上した。家康は大いに喜び勝利を収め、桐生は賦役免除、彦部家は免租地となる栄誉を得た。
作者からの言葉
本文末尾に記されている、当主・彦部信勝に関する解説・人物情報です。人物像と出自広沢彦部家の初代当主・彦部加賀守信勝(ひこべ かがのかみ のぶかつ)。天文5年(1536年)に彦部晴直の次男(母は高師宣の妹または息女)として誕生。幼名は春千代、後に弥三郎と称しました。 家督の継承三好の乱で父や祖父を失った京都在住の甥・四郎を引き取って育て、自身の長女・松と婚姻させて彦部家2代目を継がせました。 没年と墓所慶長16年(1611年)、76歳で他界。菩提寺である福巌寺(広沢町五丁目)に葬られ、現在も境内墓地に父や兄と並んで宝篋印塔が残されています。法名は「勝光院水雲道泉居士」です。
コメント(0件)