【原爆投下80年】『ヒロシマ・ナガサキのまえに』誕生秘話

 

原爆投下から80年、あの日がまたやってくる——原爆の記録を扱ったデジタル出版作品『ヒロシマ・ナガサキのまえに』をボイジャーは毎年みなさまにお知らせし続けてきました。

 

オリジナル版の制作背景と、電子本の制作背景をご紹介します。

 

 

オリジナル版マルチメディアCD-ROM「The Day After Trinity: J. Robert Oppenheimer and the Atomic Bomb」(1995年)

 

エノラ・ゲイ機長席から手を振るポール・ティベッツ大佐

エノラ・ゲイ機長席から手を振るポール・ティベッツ大佐。wikipediaより転載。

 

アメリカの首都ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館の1つ、国立航空宇宙博物館が、1995年に原爆投下50年を記念してB29投下機エノラ・ゲイと原爆の被害写真の展示を企画しました。

 

アメリカは終戦直前の8月6日広島に、続いて8月9日長崎に原爆を投下しました。広島では14万人、長崎では7万4千人の一般市民の命を奪ったその被害の写真などを含んだ展示になる予定でした。

 

ところが在郷軍人の反対にあい、展示はあえなく頓挫しました。この事件は日本でも大きく報道されました。歴史を都合よく修正する「修正主義」に、ヒバクシャを含め、失望と怒りの声が湧きあがりました。

 

2003年10月16日に出た広島市長 秋葉忠利の声明「エノラ・ゲイの展示における原爆被害の説明についての要望(2003年10月16日)」は詳細を語っています。

 

当時の米ボイジャー社のスタッフは軍人の意向による展示内容の変更に怒りました。そして自分たちのできることをやろうと本作品を企画したのです。

 

当時のデジタル技術を使い、88分のドキュメンタリー映画「The Day After Trinity: J. Robert Oppenheimer and the Atomic Bomb」(監督ジョン・エルス)、マンハッタン計画に関係したノーベル賞科学者ら計16人のインタビュー全文、FBIおよび軍関係の機密文書などを1枚のCD-ROMにしました。

 

映画は1981年のアカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネート作品です。原爆の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマーや弟の物理学者フランク・オッペンハイマー、ハンス・ベーテ、ロバート・ラスバン・ウィルソンなどのインタビュー映像が入っています。R・オッペンハイマーの伝記映画「オッペンハイマー」(監督クリストファー・ノーラン)とは異なる、ドキュメンタリ-映像ならではの説得力を秘めています。

 

このCD-ROMはその映像と取材インタビュー全文、歴史資料を組み合わせ、デジタル出版の力を最大限に活用した作品となりました。

 

制作の様子を見ていた日本のボイジャー創業者萩野正昭は日本語版の制作を考えました。ただ、翻訳の対象が膨大でした。映画だけではなく、映画には使われなかったインタビューの書き起こしの翻訳費用を考えると、とても負担できる金額ではありませんでした。

 

日本語版マルチメディアCD-ROM「ヒロシマ・ナガサキのまえに-オッペンハイマーと原子爆弾-」(1996年)

 

日本語版をあきらめかかっていた時に、インターネットの電子図書館「青空文庫」の呼びかけ人である富田倫生から提案をうけました。それは、翻訳費が障害であるなら、翻訳のギャラはいらないから、この日本語版を出してくれ、というものでした。

 

富田倫生は広島の出身です。原爆は幼いころから身近な歴史でした。そして、富田晶子夫人とともに無償で翻訳に取り掛かってくれました。結果、原稿用紙1,000枚分、40万文字の原稿ができあがりました。日本語になったインタビュー原稿から映画「The Day After Trinity」の該当箇所へのリンクをつけ直し、1996年8月6日に日本語版「ヒロシマ・ナガサキのまえに」が完成しました。

 

萩野はこう語ります。

「スミソニアン博物館で企画された原爆投下50年の展覧会(原爆投下機エノラ・ゲイまでが展示)の反原爆姿勢に在郷軍人が反発し、展覧会はめちゃくちゃになってしまった。それに憤り、当時の米ボイジャーは、自分たちのできることとして本作品を発表した。この姿をNYでまざまざと見た私は、日本人としても彼らの意志を引き継ごうと思い、日本語化に取り組んだ。とてつもない翻訳と文字数がここには詰まっていた。

デジタル出版とは何か? を、強烈にボイジャー・ジャパンへ語りかけた作品だった」

 

CD-ROMの再生環境の喪失からEPUBヘ

 

ここまで書いてきたように、この作品のオリジナル版、そして日本語版は日米ボイジャーの熱い思いの詰まったマルチメディアCD-ROM作品でした。

 

「でした」とは? 今ではこのCD-ROMの再生環境が失われてしまったため、オリジナル版は見ることができないので「でした」なのです。今現在CD-ROMドライブを持っている方はほとんどいないでしょう。CD-ROMドライブ、コンテンツを再生するためのアプリケーション、そのアプリケーションが動くOS、これらはとっくの昔にすべて時代遅れの産物となっています。私たちの社会はすべての情報はインターネット経由でという環境に変わってしまっているのです。

 

ボイジャーは、失ったままではなく、自分たちがやれることをやろう、と映像以外の部分をデジタル出版することにしました。それが電子書籍の世界標準のファイル形式EPUBによる出版でした。

 

幸い、映像はYoutubeで見ることができます。映画終わり近く、R・オッペンハイマーが登場する場面をみてください。「原爆を使えば一晩でアメリカの主要都市の住民を全滅できるか」という質問を受けて、「できる」と答えています。そのあと、弟F・オッペンハイマーが登場します。

 

ピラミッドフィルムが公開中の映画「The Day After Trinity」より。

 

日米のボイジャーが制作した『ヒロシマ・ナガサキのまえに』は、これからも出版とは何か、デジタル出版とは何かを世の中に問いかけていく作品だと思います。

 

以下のURLから一部分、閲覧できますのでどうぞ、ご覧ください。

 

電子本『ヒロシマ・ナガサキのまえにーオッペンハイマーと原子爆弾』

 

ヒロシマ・ナガサキのまえに

著者:ジョン・エルス 翻訳:富田倫生・富田晶子

価格:880円(税込) 各電子書店で発売中