ボイジャー33年目へ

出版とは何か ふと考えた

 

 電子出版といった時、私たちは今まで、既存出版社の紙の出版物を電子化して発売することだと思い込んできました。電子出版が市場を確立できていない時代は、既存出版社に市場開拓を依存するしかありませんでした。マーシャル・マックルーハンは言いました。新しいメディアは古いメディアを擬してでてくると。

 

 電子出版の市場は、iPhone/iPad、Androidという電子端末の普及の上に築かれていきました。これら電子端末の上で何を読むかの時代に入ってきたということです。これら電子端末の上で何を読むかは、ハッキリ分かっているわけではありません。必ずしも既存出版社が紙で提供した、有名作家のコンテンツがヒットするとは言えません。私は電子出版の市場は既存出版社が力を発揮する場であるとは思っていません。まったく新しい挑戦者によって市場は切り開かれるものだと確信します。

 

 もし大きなヒットがあるとすれば、それは、既存出版社が紙で提供した、有名作家のコンテンツなどでは決してない。今まで知ることもなかった新しい作家が、そしてまったく新しい内容が生まれてくると私は思います。実例はこの日本で起こりました。『デジタル生存競争』という作品です。

 

 作家・ダグラス・ラシュコフは日本ではまるで無名です。内容は、発展する現在のデジタル技術とビジネスの成功を痛烈に批判するものです。『デジタル生存競争』は、日本の評論家・岡田斗司夫氏がネットで取り上げたことを契機として、今日現在で電子で15,000部も売れています。

 この作品の日本語版製作費は、印税前渡しと翻訳、カバーデザインを含み200万円ほどです。電子化制作は自分で私がRomancerで作りました。私の費用をどう見積もるかはいろいろ考えがあるでしょうが、私はボイジャーのスタッフであり、私に支払われる費用は社内経費として毎月の報酬以外一円もありません。

 電子本価格は900円です。単純計算で900円の15,000部は、13,500,000円です。電子書店の手数料を40%だとしても、8,100,000円が私の会社の収入となります。そしてこの本はまだ売れ続けています。

 電子書籍の場合、500部売れても10,000部売れても製造コストは掛かりません。そして、前渡金を超える印税以外、初回200万円を超える追加料金も発生しません。売れば売るほど利益は飛躍的に増えます。

 

 私は電子出版の仕事を32年間続けました。32年目にして私は電子本でヒットの経験をしました。ヒットして初めていくつかの可能性を実感したのです。以下、箇条書きに示します。

 

 1.電子出版の担い手は既存の出版社ではない(出版社もやればいい)。
 2.新しい出版の推進者が必ず生まれる。
 3.EPUB(データフォーマット)での世界共通基準に基づくべき。
 4.電子本リーダー・ソフトはいくらも世の中にある(BinBもその一つ)。
 5.新しい担い手は電子出版の制作技能を体得する。
 6.出版ツールはRomancerがある(技能を体得する努力は少ない)。
 7.制作コストは掛からない、自分の努力次第。
 8.コストが低額ならば、多種多様の作品が生まれる(みんながやる)。
 9.そこからヒットが生まれる可能性は広がっていく。

 

 これは日本のことだけではない。世界に共通することです。まず、どれだけ儲けられるのかと考えるのはやめましょう。どれだけ損するのかを考えてみてください。損するものが軽微ならば、ダメージは少ないのです。思い切って自分の作品に取り組んでみる機会が生まれるのではないでしょうか?

 

 無名であり、特異なテーマであり、販売実績もない。出版社が手を貸してくれることはありません。けれど、自身の作品を作り自分の力でネットに流通していくことが可能な時代になりました。無援であろうとも、孤独であろうとも、自分が生きた経験を書き残そうではありませんか! ボイジャーは電子出版ツールの開発と誰もが利用できるオープンな機会を通じて、みなさんの〝作る〟〝見る〟〝売る〟〝残る〟を精一杯に支援します。

 


ダグラス・ラシュコフ氏(『デジタル生存競争』著者)は、2023年12月来日し講演した。そのすべては以下よりご覧になれます。第9章「人間を置き換える AI はそのためにある」は必見です。