流言飛語をメディアが煽っていないか?


刹那的という言葉をどうあなたは受け止めるでしょうか? 毎日の想いが、感情が、眼差しが、極めて短く一瞬に過ぎていく生き方のなかに置かれている気がして仕方ありません。次々に新しい利便な技術が紹介され、喧伝され、どうしたらいいかわからない焦った気持ちを煽られます。それらすべてがメディアを通じて私たちに届きます。ひっきりなしに。
 
「すごい」、「はじめて」、「驚き」とメディアは言い終えて、次なる「驚き」を明日また投げつけてくるだけです。三日前の、いや先月の、一年前の「驚き」はどうなってしまったのか。知っちゃいねぇと突き飛ばされる勢いで先を走っていきます。
 
ワクチンが絶対、ワクチンの副反応、ワクチンで死ぬ……一体どう受け止めればいいのでしょう。ワクチンを受けることしか対処の一つもない状況の中で、日々飛んでくる流言飛語の如きテレビの御託をウガイとともに、手洗いとともに水に流していくほか私たちにはありません。
 
もう少し、まともな言葉や記録を残す気持ちを勇気づけてもいいのじゃないでしょうか。