貧しくてもフェアでありたい、人を支える一人でありたい

デジタル生存競争

6月30日、ボイジャーから一冊の本が出版されます。ダグラス・ラシュコフ著『デジタル生存競争――誰が生き残るのか』です。この本の翻訳・編集にボイジャーは必死に取り組みました。そこに、この30年間の総決算が書かれてあったからです。

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表紙イラスト:
コミック作家・佐藤秀峰

 

ボイジャーは1992年デジタル出版を追求する会社としてスタートしました。まる30年が経過し、デジタルは私たちの生活になくてはならないものになりました。それどころか、デジタルでの対応が君臨するかの如く社会を闊歩しています。

 

最も素朴なメディアとしての出版を手がけたボイジャーは、いろいろなそしりを受け、ヨレヨレになって今日まで生きてきました。「なんだ文字だけかよ」「やっぱり紙がいい」などなど。
何とでも言ってくれ。そうであろうと、この世の中には出版したくてもできない人はたくさんいる。知らないテーマや無名の書き手は排除されてきた。そこに輝く原石が埋まっているかもしれない。支援したい。新しい出版の世界を打ち立てたい。メディアは私たちのものにしなくてはならない。こう叫んで、ふらつきながらも歩いてきたのです。現実生きてきたことだけでも上等だったんじゃないでしょうか。
私たちに希望を与えた〝デジタル〟は、でも、希望どころか、苦難と重圧と都合のいい儲けに走り、その理念を捨て去りました。この30年を振り返ります。唇を噛みながら。

 

今日のデジタル至上主義者たちは、コードとして定量化できない人間の経験の側面をことごとく否定しようとします。一切は記号で表せ、すべては情報に過ぎないのだと。現実を情報に落とし込むのは、好都合にもすべてをデータ化でき、量産可能で、価格をつけられるという資本主義が求めるものと一致します。裕福な技術者はクラウドに進出して生き延びるのに対し、大多数の人間は取り残され、競争しあうことになります。
しのぎを削る競争に加担、あるいは使役されることなく、私たちの人間性を取り戻し、認識することに取り組まなければなりません。それが〝デジタル〟へ進む希望であったはずです。現実社会の激しい〝適者生存〟の世界に、餌食と生きる自分を知ってこそ明日を見ることができます。本書は、その現実を突きつけてきました。

 

デジタル出版に関わるすべての人たちにぜひ読んでいただきたい。本当に私たちはデジタルを自分のものとし、生かし、利用ているのか。いや、巧妙に使役され、収奪され、都合のいい道具の一部とされて、ことごとくを失ってしまっているのではないか。ただひたすら日常を突き進むことから離れ、しばし立ち止まり、自らを振り返る時がきています。