コラム
2021年8月19日
萩野正昭
あなたが語ってくれた数々のお話、描いた絵画、書き残されたことば、これらをいま熱く胸に抱きしめるように、あなたをお送りしたいと思います。
東京・世田谷の仕事場兼アトリエでもあった一部屋で
元気に語るありし日の富山妙子さん
元気に語るありし日の富山妙子さん
従軍慰安婦の言葉さえ言い憚るような時代の中で、まさに従軍慰安婦を真正面から受け止めて闘った富山妙子に出会い、私は何をしていいものか戸惑ってしまいました。できることはただ一つ。自分の持てるものすべてを使い富山妙子の眼差しや発言を記録することでした。
ベルリンで開催された〝禁じられたイメージ展〟への出品がきまり、富山妙子は現地へ渡航する予定になっていたものの、ご高齢でもあり、結局、渡航は取りやめになったのです。映像でのメッセージを用意する話が持ち上がり、昔とった杵柄だとばかりに、その役目を私が請け負うことになり一編のビデオが出来上がりました。この映像がベルリンへ送られたのです。かつての職場で共に働いた映像編集者、桑原孝子が片腕になってくれました。そして、音楽を高橋悠治が協力してくれたのです。
なんの助けになるのかも分からずに、ただ必死にやりました。一人の画家・富山妙子の発する言葉を正確に受け止め、それを伝えたかったからです。2015年のことです。そして時代は過ぎていきました。
今日、富山妙子の訃報を知り、再びこの映像を目にしました。一つの記録とは決して侮るものではないことを思い知りました。生きて日々を過ごせばまるで気付かぬいくつかのことを、残った記録映像から窺い知ることができます。もっと早くどうして知ることができなかったのか。人の死のもつ意味の一つを受け止めていただきたく思います。
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