ほんのちょっとしたところから

東京の山手線恵比寿駅で『第三の男』のテーマ曲がよく流れています。理由は単に駅に隣接するビール会社のCMにこの曲が使われたからだといいます。ご存知の方は多いことでしょう。キャロル・リード監督、映画『第三の男』について、片岡義男.comに興味深いエッセイが公開されています。題して「第三の男を、やっとこうして楽しんだ」(2018/3/14)。

 

お薦めしたいのはまずこの映画を見ることです。どんなに映画に縁遠くても、たった90分捨て去ったつもりになればその時間は何倍にもなって返ってくること間違いない……そういう映画です。現に、西部劇しか面白くなかった子供時代の片岡義男はつまらないと思いながら、今に至るまでこの映画を気に掛けていました。
なぜだろう? エッセイの中で片岡義男は重要な言葉を記しています。「アイディアないしは思いつきを紙切れにメモした」そして「小さな、ほんのちょっとしたところから、小説にしろ映画にしろ、物語というものはスタートしていく」と。年端のいかない少年には面白いとは思えない……でも心のどこかにずっと居続けた。何故だったかはこの言葉から膝を叩くように納得できます。だって、片岡義男作品のことごとくは「小さな、ほんのちょっとしたところから」はじまります。

 

実際に、アイディアないしは思いつきをメモする作家の姿を現に何度も見てきたからです。「蛇の目でお迎え」はどうつくられたか、そして、『蛇の目でお迎え』はこう作られた、これらのメイキングシリーズから作家・片岡義男の姿をきっと感じ取ることができるでしょう。ほんのちょっとしたところからどうして物語は出来上がっていくのでしょう。些細な日常、頼りなき会話や表情を軽んじてはならないということです。ご油断めさるな、おのおの方。もしも何かを書き記す志をもつのならば。

 

米国でボイジャーがスタートした1984年、私たちは古典の名作ともいえる映画を次々とレーザーディスクで世に出しました。その中には『市民ケーン』『偉大なるアンバーソン家の人々』そしてこの『第三の男』があり、オーソン・ウェールズが常に出演していたのです。購入者への注文カードとして挿入されていた一枚の絵葉書にはこの写真が刷られていたのです。わずかに残ったその写真を私たちは今でもオフィスの壁に飾っています。

 

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映画『第三の男』より。実際の映画のシーンのものではなく宣伝用の写真だと思われる。米国ボイジャーが発売したレーザーディスクの注文カードにこの写真は刷られていた。汚れて残った一枚をデジタルで補修した。オーソン・ウェールズのマーキュリー劇場によるラジオドラマをレーザーディスクに入れたのもボイジャーだった。高品質を謳われた映像媒体に絵のないラジオ番組を入れたのだ。おそらく、オーソン・ウェールズへの深いシンパシーが私たちを動かしていた。

 

※記事冒頭の画像は『Free&Easy』2008年7月より