『グイン・サーガ』、『小説道場』の栗本薫・中島梓。その夫である元S-Fマガジン編集長・今岡清が思い出深い作品を選び、一篇ごとに解説をつけた『手間のかかる姫君――夫、今岡清が選ぶ栗本薫短篇集』が2月20日に発売されました。本作には栗本薫の唯一のマンガ作品「日々是好日」が収録され、その登場人物・D介君がこの記事を書きました。一家総出演で妻の、母の思い出を語ります。
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僕がこの短篇集から一つ選べといわれたら、まず「パソコン日記」を挙げるでしょう。たとえば本文中に、
息子は実をいうとすでにあの邪悪なマックに精神をのっとられつつあるかして、このごろとてもコンピュータをよくやっているので……。
という一文があります。そんなこともありました。その頃、1枚の容量760キロバイト(当時はこれでも大容量でした)のフロッピーディスクを大量に買っては、適当なデータを片っ端からコピーして遊んでいたものでした。はたから見れば、確かに悪霊に精神をのっとられていたように見えたかもしれませんが、あにはからんや、それから半世紀も経たないうちに、邪悪なマックとウィンドウズは精神どころか世界をのっとってしまいました。栗本薫はこれを予知していたのでしょうか。彼女も、実際に憑かれたようにパソコンのキーを叩いていました。彼女が壮絶な感情を指先にこめるため、激しく叩きすぎて何度もキーボードを潰していたことを覚えています。作中では、作家が機械に喰われていましたが、現実には彼女の方が機械を喰っていたのです。「カタカタと軽快な音をたてて」と本文にはありますが、実際の彼女の打ち方は、「ガダダダダダダッ!」という、怒涛のような打鍵でした。彼女が弱く、パソコンが強いという力関係の方がフィクションだったように思えます。
「日々是好日」は、幼少時の寝小便の布団の写真でも見せられたようで、いささか語りづらいものです。個人的に思い出すのは、このマンガでD介君が親指をしゃぶっている場面です。彼のこの癖は、けっこう遅くまで抜けず、中学生ぐらいまで親指にタコができていました。そのタコも、今はもう消えています。いつ消えたのだったかしら? 高校の頃はまだ残っていたかな。大学院の頃はどうだろう。そして、栗本薫が旅立った頃は……。指のタコとともに幼年期の記憶も、砂塵の向こうへ消えていった。そう思っていたところに、このマンガ。母が書き、父が編集した本に、いまD介君がコメントを書いている。これも、運命の神ヤーンの導きなのでしょうか。
今岡大介