菩提樹は今も心で揺れている

斎藤晴彦著『おかし男、役者だった』という本が出版されている。

 

悲しいです。斎藤晴彦さん、あなたがもうこの世にいないなんて、本当に泣けてくる。かつて神楽坂にイワトという素敵な劇場があった。毎年、大晦日にそこで恒例のように行われていたシューベルト“冬の旅”の独唱会。今となっては彼の晩年の舞台となってしまった…… 高橋悠治のピアノ伴奏が流れ始めると、舞台に立った斎藤晴彦さんはちょっとしわがれた、それでいて哀愁にみちたあの声で、菩提樹を高らかに歌いはじめた。

 

菩提樹といえば おしゃか様だよ

その木の下で 死んでいったよ

猿 鳥 蛇 虫 象も来たよ

人に混じって 空も泣いたよ

 

菩提樹といえば 音楽室だよ

校舎の隅の 暗い部屋だよ

アップライトピアノが 黒く光る

見上げると窓も 黒く光る

 

聞いたこともない菩提樹……でも、菩提樹だった。終わると舞台を降りて、みんなでお酒を飲んだ。もうそこに新年が待っていた。また一年、一生懸命やろうじゃないか。けど、シューベルト“冬の旅”、日本語で歌う……何故こんなに暗いのか?

 

huyunotabi

日本語で歌う 冬の旅[CDジャケット]

斎藤晴彦(歌)+高橋悠治(ピアノ)

 

泉に沿いて 繁る菩提樹

なんのことやら 繁る菩提樹

泉に沿いて それがどうした

淡き夢見て 眠いばかり

いまわし 記憶

 

黒テント座付き役者であった斎藤晴彦さんには、いまだに語りぐさとなっているKDDI のCMがある。絶滅危惧種的役者・斎藤晴彦、通称晴さんは、頼らず媚びずまっすぐに演劇界を生きた五十数年だった。役者一本道、その道すがらに発した言葉の片々を落ち穂拾いしてこの一冊『おかし男、役者だった』は出来上がった。アーメン、いや、合掌か。

 

9784862397430

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本編にCDサンプルがついてます

 

画:柳生弦一郎