ピックアップ
2017年4月25日
斎藤晴彦著『おかし男、役者だった』という本が出版されている。
悲しいです。斎藤晴彦さん、あなたがもうこの世にいないなんて、本当に泣けてくる。かつて神楽坂にイワトという素敵な劇場があった。毎年、大晦日にそこで恒例のように行われていたシューベルト“冬の旅”の独唱会。今となっては彼の晩年の舞台となってしまった…… 高橋悠治のピアノ伴奏が流れ始めると、舞台に立った斎藤晴彦さんはちょっとしわがれた、それでいて哀愁にみちたあの声で、菩提樹を高らかに歌いはじめた。
菩提樹といえば おしゃか様だよ
その木の下で 死んでいったよ
猿 鳥 蛇 虫 象も来たよ
人に混じって 空も泣いたよ
菩提樹といえば 音楽室だよ
校舎の隅の 暗い部屋だよ
アップライトピアノが 黒く光る
見上げると窓も 黒く光る
聞いたこともない菩提樹……でも、菩提樹だった。終わると舞台を降りて、みんなでお酒を飲んだ。もうそこに新年が待っていた。また一年、一生懸命やろうじゃないか。けど、シューベルト“冬の旅”、日本語で歌う……何故こんなに暗いのか?
日本語で歌う 冬の旅[CDジャケット]
斎藤晴彦(歌)+高橋悠治(ピアノ)
泉に沿いて 繁る菩提樹
なんのことやら 繁る菩提樹
泉に沿いて それがどうした
淡き夢見て 眠いばかり
いまわし 記憶
黒テント座付き役者であった斎藤晴彦さんには、いまだに語りぐさとなっているKDDI のCMがある。絶滅危惧種的役者・斎藤晴彦、通称晴さんは、頼らず媚びずまっすぐに演劇界を生きた五十数年だった。役者一本道、その道すがらに発した言葉の片々を落ち穂拾いしてこの一冊『おかし男、役者だった』は出来上がった。アーメン、いや、合掌か。
☆Romancer Storeの作品詳細へ
本編にCDサンプルがついてます
画:柳生弦一郎