サルベージと言われて

 3人が振り向いた。いや、そこにいたのは3人だけだったので全員が目を向けたと言っていい。一人はエヴァンゲリオンの愛読者。一人は建設会社で働いたおじさん。そしてもうひとりはデジタル出版の女性編集者だった。

 

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サルベージとは遭難船の人命救助の意味がある。1996年に放映された「新世紀エヴァンゲリオン」でエヴァ初号機に取り込まれ個体を失くしたパイロットいかりシンジを救出するシーンは、この手の玄人には忘れられない物語である。第拾九話「男の戰い」、第弐拾話「心のかたち 人のかたち」……その男は、サルベージと言われて咄嗟とっさにこれらのシークエンスを連想したのだった。

 

Evangelion

 

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 サルベージとは沈没船の引き揚げ作業の意味がある。高度経済盛んな折に日本の海岸線は建設ラッシュに沸き立った。早い話が破壊だった。大きな橋が幾つも瀬戸内海に架けられた。巨大クレーン船がワイヤーを海に垂らし、海からのことごとくを引き揚げていった。作業船には「深田サルベージ」と書かれてあった。サルベージと聞いて建設会社のおじさんはそれを思い起こした。

 

Fukada_salvage

 

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 サルベージとは破損したハードディスクや光ディスクなどからデータを取り出す意味がある。デジタル用語のそこから転じて、売れない本でも何とか世に出そうと目をつけたのがデジタル出版。文学中年のサイバー・ディギング、變電社、自己出版の可能性を探るとうたいながら『サルベージ出版に挑戦』という本が作られた。女性編集者はその本に深く関わる一人だった。

 

Book_Salvage

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 3人が振り向いたサルベージという言葉には思わぬ広がりと深さがある。そこには引き揚げられたい、生き返りたいという、救いを求める人々のささやかな叫びが潜んでいる。沈没船の引き揚げ現場で、グリスにまみれる汚れた顔で人はおそらく一点を見つめることだろう。沈んでいてはならないものがそこにあるのだ。

 『サルベージ出版に挑戦』、改めて題名をつくづくと見た。たかが本の題名だと言い捨ててほしくない。サルベージ……みんなの力で引き上げられていくことを見守りたい。