過ぎ去って終わり、そりゃ悲しい

 最初から諦めていた。どうせ誰も振り返らないだろうと。だから少数にしか渡らなかったとして、落胆もしなかった。普通はそれで終わっていく。過ぎ去ってかえる声もない。ところがだ……『にっぽん虫の眼紀行』というデジタル出版のページに突然アクセスが急増した。一体何が起こったのか?

 著者はMAO丹青Danqing(日本在住・現在神戸国際大学教授)。1987年留学生として来日以来、日中両国の架け橋となる活動の数々を行ってきました。好奇心溢れる中国青年が繊細な視線と豊かな感性で、忘れられた日本の自然と文化の奥深さを再発見したのです。現実を「虫の眼」として体験することは人々の喜怒哀楽を映し出し、二つの国を結ぶ文章を導きだしました。18年も前のことです。

 

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◎クリックすると試し読みがご覧いただけます

 

 毛丹青は、中国の若者たちに最近『在日本』という雑誌を発行しました。『知日』という雑誌がすでに日本でも話題になりましたがこの仕掛け人も毛丹青でした。今回はさらに切り込んで、日本に留学する中国の若者を総動員しています。日本語版も出されました。めぐりめぐってこのことが、かつて書かれた『にっぽん虫の眼紀行』という一冊に……それも紙はなく、ネットに在るデジタル出版に眼を向かせていったのです。

 

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在日本 中国人がハマった! ニッポンのツボ71

著・毛丹青,潮出版社

 

 売らいでか! そう思って珍しいものが市場に躍り出ていきます。出版も波に遅れじと必死に喘いでいます。平手打ちのように、広告は一過性の刺激を連発します。喉元過ぎて溜め息つき、ただ早く忘れたい刹那の中。もう……限界でしょう。

 決然と自分の想う一冊をデジタルで残し、待つ。その志に一条の陽があたったのです。やってよかった!どうなることかはわからなかったけれど、信じることに殉じて悔いはないです。書き残すということは、なんと尊い人間的な行為でしょうか。そこへ訪ね来る人を待つことができる……デジタルは確かな私たちの手段を見出しています。

 

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「わが町、神戸よ」毛丹青(『にっぽん虫の眼紀行』より)

 

 阪神淡路大地震から20年。あれから私たちは東日本大震災に襲われ、直後の津波、原発事故にも遭遇し、あらためて不確かな土台の上に生活している現実を意識しなければならなかった。

 毛丹青は阪神淡路大地震を体験し、その渦中に日本人の姿を凝視した。「わが町、神戸よ」という一編には忘れがたい日本人の姿を見出すことができる。私たちの中に育まれた心と、それを見つめる一人の中国人との間に結び合う強い糸を見ることができるだろう。毛丹青は私たちの中に糸を見たのだ。私たちにはその糸を結ぶ仕事が残されている。Romancerでこの本が読めることを誇りに思う。