思い込んだらそのままにどこまでも行ってしまうバカもいる。思い込んだら命がけ……そんな歌謡曲もあったかナ。その昔、女子プロレスの二人組が試合を前にリングで高らかに唄を歌った。なんだいプロレスなのにと無視しようとはしたが、出だしのこんな歌詞に思わず目が向いてしまった。"踏まれても、蹴られても 野に咲く花が好き"と。叩きつけられ、倒れて這う目の前に誰も見返ることのない可憐な花が咲いている……そんな光景をとっさに頭に描いたのだ。誰が一体こんな歌をつくったのか? 我が身を思い忘れられない一曲となった。
そう思い込んでウン十年。酔ってバーのカウンターに這い蹲うばかりに唄の話をしていたら、相棒がこれですか……って、iPhoneから曲を流してみせた。踏まれても、汚れても……あれっ、なんかおかしい。どうして蹴られてが出てこない? そりゃ思い込みのなせるわざ、どこまでいってもお前の歌詞は出てこない。いやぁーインターネットって嫌ですネ。
そういえば『あれが港の灯だ』という映画があって、橋幸夫という歌手が"あれぇが港の灯〜だぁ 泣かせるじゃないかぁ"と歌っていた。韓国と九州の海峡に李承晩ラインという見えない国境が敷かれ、それを侵犯したと多くの漁船が拿捕された。警備艇に追われる漁船の乗組員には日本育ちの韓国人も少なからずいたのだ。海上で、船上でお互いの憎しみが吐き出される。見えない祖国であればこそ"あれぇが港の灯〜だぁ"とは、よくぞ歌ってくれたぜ橋幸夫……勝手にジンときていたのだが、実はあの唄は"あれが岬の灯だ"った!ということを後になって知った。嗚呼、何たる思い込み。大間違い、とんだ独り合点。気付いても今更どうにもならない。
1961年 東映 監督:今井 正 脚本:水木洋子 江原真二郎、高津住男
一時の激情が己のどこかに触れて、一巻の物語を引き出すことだってあるやもしれない。バカになって突っ走る気持ちだって大事でしょう。思い込みがあるくらいがものを書くには丁度いいかもしれません。思い込みから傑作の導かれん日を待っています——Romancer。