伊藤美裕「これからも『歌謡曲』を追いかけて、自分でも創っていきたい」

 来年、2019年5月には元号が改められることが発表され、その翌年には東京オリンピックが開催と、新たな時代の足音がいよいよ近づいてきました。
 由紀さおりのヒット・アルバム『1969』は、歌謡曲黄金期の幕開けとも言える年をテーマにしていました。時代を振り返ってみれば、00年や10年といった区切りの年を控えた、末尾が7~9の年に新たな才能がその頭角を現し、画期的なヒットを生み出しています。
 例えば中村八大と永六輔の“六・八コンビ”が「黒い花びら」をヒットさせたのは1959年のことでした。阿久悠は1967年に本格的に作詞家としての活動を始め、1969年に「白いサンゴ礁」がヒットしたことでその地位を確立しました。
 1987年にメジャーデビューしたザ・ブルーハーツ、ユニコーンは1990年に絶頂を迎えるバンドブームを牽引、演歌の世界でも1987年に坂本冬美、88年に香西かおり、89年に藤あや子がデビューしています。
 そして2000年を前にした1998年には宇多田ヒカルと椎名林檎が登場し、日本の音楽シーンを一変させました。
 2020年という節目を目前にした今、Romancer Cafeでは、新たな時代を切り拓く豊かな実力と将来性を備えた、フレッシュなアーティストたちをご紹介していきます。どうぞ、その活躍にご注目ください!

どんな人?

2009年に「輝け!歌謡曲~歌姫ディーヴァを探せ!オーディション~」(主催:文化放送、他)で優勝、11年に「日本コロムビア創立100周年記念アーティスト」としてデビューした伊藤美裕さん。歌手を目指す前はジャーナリストを志して大学に進み、テレビ局への内定を得ていましたが、そこから方向を変えて歌謡界に飛び込みました。デビュー後は、楽曲のリリースやラジオ番組のパーソナリティーなどと並行して、歌謡曲の歴史に学び新たな歌謡曲を模索するライブ『ミユゼミ』や、ゲスト・ミュージシャンとのコラボにより真夏の歌謡フェスティバル『ミユゼミ』を主宰するなど、多彩な活動を展開しています。自由に時代の音を吸収し変化発展していくのが「歌謡曲」だとすれば、まさに「歌謡曲」を歌うにふさわしい歌手と言える伊藤さん。8月25日に『伊藤美裕のミユダマ ~2018夏の歌謡祭~』開催を控えた彼女に、現在の活動や歌謡曲への想いを伺いました。

8月25日に『伊藤美裕のミユダマ ~2018 夏の歌謡祭~』を開催

写真1

―― まずは8月25日に開かれる『伊藤美裕のミユダマ ~2018 夏の歌謡祭~』について伺いたいんですが。

伊藤 夏って『フジロックフェスティバル』をはじめとして、いろいろなフェスがあるじゃないですか? それで私も、大人を対象とした歌謡曲のフェスをやりたいなと思って、2013年にゆるーく立ち上げてみたんです。

―― 伊藤さんが主宰して、去年で5回目とか。

伊藤 そうかな? そう、5回目くらいです。

―― 意外にぼんやりとやっているんですね(笑)。

伊藤 すみません、ぼんやりで(笑)。

―― 自らフェスを興すようなタイプの方だとは思っていなかったので、意外でもあったんですが。

伊藤 そういうのって面倒じゃないですか? だから、それまでの人生では避けてきたようなところもあったんです。でも、『ミユダマ』みたいなものが他になくて、やりたいと思ったら自分でやるしかないからやったっていう感じです。普通のイベントでは同じジャンルの方とご一緒することはあっても、それ以外はまずないわけです。そこで、たとえジャンルが違ったとしても、自分が会いたい人に会いたいという気持ちを優先させたいと思ったところから始まっている面もあります。何か立派なことをしようと始めたのではなくて、歌謡界を自由に泳ぐような感覚で、いろいろな人と出会い、歌謡曲という接点でつながれたら、そこから面白いことが生まれて広がったりしていくんじゃないだろうかというところに楽しさを感じて続けてます。お蔭さまで年上のミュージシャンの方々とのお付き合いもあれば、年下の人たちとの親交もあるので、私が仲介役になって、世代を越えた交流の場を作れたらっていう気持ちもあります。

―― まさに「歌謡遊泳」(全日本歌謡情報センターのサイトで伊藤さんが連載しているコラムのタイトル)ですね。

伊藤 そうですね、そういう感覚が好きだし、自由に泳ぎながら、みんながつながっていけたら気持ちいいですよね。そんなゆるく始まったフェスであっても、出演してくださる方たちの力で、中身のよいものが出来て、続けて来られましたから、本当にありがたいと思ってます。

―― 確かに腕の良いミュージシャンが集まれば、良いフェスになる確率は高いでしょうが、その場を設けて成功へ導いていく役割を果たすのは大変なことだと思います。

伊藤 それは大変です(笑)。ゲストで呼ばれていくのとは、立場も責任も違いますし。お客さんが夏の最後の思い出にして、笑顔で帰ってくださればいいなぁと思って続けているんですけど、楽しんでくださった表情や感想に触れられることが多いので嬉しいし、やり甲斐も感じてます。

「伊藤美裕はわかりづらい」

写真2

―― 先ほど「面倒は避けてきた」とおっしゃっていましたが、それが変わってきたのはいつ頃からでしょう?

伊藤 就職活動を始めるのと同時に、これからどうやって生きていくかみたいなことを初めて真剣に考え出したわけですけど、たぶん、その頃から少しずつ今みたいな感じになってきたんだと思います。自分が動き出したことによって初めて見えるようになるものや、生じてくることってあるじゃないですか。私の場合は就職活動の中で自分の望む方向へ動いて、ある所までたどり着いたからこそ、歌手になるという目標も見えてきたんじゃないかなと思いますね。

―― ジャーナリストを志して、テレビ局の内定をもらっていたところで「歌手になりなさい」という内なる声を聴いて、オーディションに出場、そこでデビューのチャンスを掴んだんでしたよね。

伊藤 そうです。それがここまで歌手を続けてこられて、フェスまで開かせてもらえているんですから、めちゃめちゃ周りの人たちに助けられてると思います。

―― 「周りの人たちに助けられてる」とのことですが、平山みきさん、柳原陽一郎さん、タブレット純さんといった多彩な『ミユダマ』の出演者を見ても、伊藤さんが何か人を集める、引き付けるものを持っているんだろうと思います。

伊藤 そういうものは自分には見えないし、あるのかないのかわかりませんけど、ありがたいことに『ミユダマ』に出てもらったのをきっかけに野佐怜奈ちゃんと友だちになれたりしました。今までは身軽でいたい気持ちもあって、あんまり歌い手の友だちを作ってこなかったんですけど、野佐怜奈ちゃんは珍しく理想的な距離感で付き合えるし、いい刺激も与えてもらえるし、とてもありがたいですね。

―― いろいろやりたい気持ちがあって、それを実現する行動力も持っているのだから、一定の枠内に収まっているのは勿体ないし、伊藤さんもそれで満足はできないでしょうから、そういう様々な方々との積極的な交流というのは理想的と言えるんじゃありませんか。

伊藤 確かにそうですね。でも、私自身、何がやりたいのかを突き詰めてみると、まだ漠然としているところもあって、そのせいか客観評価として、「伊藤美裕はわかりづらい」と言われることもあるんです。私って、わかりづらいですか?

―― あぁ、わかりづらいかどうかと言われれば、いい意味でわかりづらい人でしょうね。

伊藤 やっぱり、そうですか。

―― それは、ただ歌うだけの人ではないからだと思います。歌う以外に、イベントを主宰し、コラムを書き、『神保町歌謡倶楽部』(東京ケーブルネットワークを起点に全国のCATVで配信中の音楽情報番組)では歌謡研究家としての一面を発揮していますよね。活動内容が多岐にわたり、才能が多彩なほど、一言では言い表しにくい「わかりづらい人」になるんだと思います。

伊藤 あぁ、そういうことですかぁ……。私は自分が面白いと思えることをやろうと思って、実際にできたら次は続けたいと思って、私なりにやれることをやっているだけなんですけど。

それは自分じゃないっていう気持ちが強くなって

写真3

―― まさに“遊泳”されてるんだなと思いますが、そういう風に活動したい人が、ある種の格式が重んじられる演歌と並列で扱われる歌謡曲の分野で歌っていくのは大変そうですね。

伊藤 演歌がそうであるかどうかは別として、正直に言えば、一つの常識に沿っていかなければいけないという環境に置かれるのは苦手です。

―― 歌謡曲は本来、自由で何でもありで、海外の音楽を貪欲に取り込むことで発展、隆盛してきたものですから、それが格式や様式を大事にする演歌とセットにされることには無理があるでしょう。歌謡曲を好きな人が、今の環境を苦手と感じるのは自然なことだと思います。

伊藤 環境ということで考えれば、私は適応力が弱いんだと思います。

―― みんなが適応すると画一化されますよね。それって面白さからは離れてしまうことになるわけだから、やっぱり、伊藤さんみたいな人には意志を持って遊泳していてほしいですね。演歌・歌謡曲の分野って、新人・若手のうちは特に、礼儀正しくて真面目な歌手像を守らなければいけないような空気がありますし。

伊藤 お蔭さまで、もう新人ではないので、そういう空気からは抜けられましたけど、当時は確かにありました。誰からも気に入られるように笑顔でいなさい、行儀よくしなさいなんて言われて、しばらくは従ってみたんですけど、続けているうちに、それは自分じゃないっていう気持ちが強くなって、そのままだと自分がなくなりそうな感覚になってしまったんです。

―― やっぱり、そういう経験をしましたか。

伊藤 しましたね。それで「自分」っていうスイッチを切った時期があります。

―― 本来の自分と、演じなければいけない自分とのギャップに悩む例は、歌手やタレントのように、見られる職業に就いていると少なくないわけで、不幸にもそれで消えてしまう才能もあります。伊藤さんの場合はどうやって一旦切ってしまったスイッチを改めて入れられたんでしょう。

伊藤 自分でもよくわからないんですけど、気付いたら周りの空気が変わっていたんです。

―― ちょうど伊藤さんがデビューして以降の時期は、所属のレコード会社の中で体質の転換が図られた期間に当たって、そこで人やシステムや考え方が変わったということが影響しているのかも知れませんね。

伊藤 あぁ、そういうことだったんですかねぇ。確かに社内で改革みたいなことが起きて、いろいろな面が変化しましたから。とにかく、自分というものを保つことができてよかったです。周囲の人が本当にそれでよかったと思ってるかどうかはわかりませんけど(笑)。先日、知り合いのミュージシャンと話したんですけど、世の中には社会という大きな川の流れがあって、アーティストはその傍にいると。それで、そういう場所や生き方もあるよということを示すことで、救える人もいるんじゃないかって。例えば、自殺してしまう人は恐らく、川の傍があることを知らなかったり、そっちに目を向けることもないから行き詰まってしまうんだと思うんです。生きる場所も生き方ももっと沢山、いろいろあるんだよって知らせられるとしたら、それは素晴らしいことだなぁと思います。

―― 確かにそういう貢献の仕方もありますし、伊藤さんには今、100%ではないにせよ自分が好きなことをやれているという実感があるでしょう。

伊藤 そうですね、やりたい、伝えたい、知らせたいなんて思ったことを、形にできる、そういう表現の場を持たせてもらえているのはラッキーなことですよね。今年の1月から3カ月間だったんですけど、『伊藤美裕の憧れソングライターズ』っていうラジオ番組をやらせていただいたんです。作詞家作曲家の方に焦点を当てて掘り下げてみたいと思っても、そういうことができるのは『ミユゼミ』くらいだったんですけど、この機会をいただいたので、安井かずみさん、阿木燿子さん、阿久悠さん、秋元康さんといった方々の本をいろいろ読んで、曲もいっぱい聴いて、わかったことや思ったことをお話ししたんです。大変だったんですけど、とても勉強になったし、とにかく楽しくて。リスナーの方より私のほうが楽しんでただろうなと思うくらいでしたね(笑)。

自分の考え方や生き方、自分自身をないがしろにしてはいけない

―― そう言えば、会いたいと思っていた梶芽衣子さんにお会いになられたとか。

伊藤 そうなんです。私にとっては“事件”と言えるくらいの出来事でした。大石吾朗さんのアシスタントとして出演させていただいている『Premium G ~MUSIC GIFT~』というラジオ番組があるんですけど、43年ぶりのリリースとなるアルバム『追憶』を出されたこともあって、ご出演いただけたんです。予習と思って『真実』という自伝を読んだんですけど、とにかく強い方で、17歳で女優デビューしてから「媚びない、めげない、挫けない」という生き方を貫いてこられたんです。実際にお話を伺っても、とにかくカッコよくて、私はかなり影響を受けたと思うんです。元々、世渡りの上での要領は決していいほうではないんですけど、そういうところを上手になるよりもっと大事にすべきものがある、自分の考え方や生き方、自分自身をないがしろにしてはいけないんだっていう気持ちが強くなりましたね。

―― そうなると、今まで以上に自分の好きな「歌謡曲」への情熱を、研究や発表や表現に注いでいかれることになるでしょうから、まさに2020年代の活躍が楽しみになってきますね。

伊藤 そう言っていただけると、なおさらこういう感じでやっていっていいんだなと、ヤル気が出てきます。ただ、さっきも言ったように私は歌謡界のためにとか、誰かのためにやっているんじゃなくて、自分が好きでやりたくてやっていることなので、これからも別に立派なことをしているなんて意識は持ちたくないし、周りにも勝手なことをしているくらいに思っていただいたところで(笑)続けていきたいですね。

―― それでは最後に、伊藤さんが「歌謡曲」と聞いて最初に思い浮かべる曲や一番好きな歌謡曲を教えてください。

伊藤 ……難しいなぁ。強いて言えば、オーディションの時に歌う予定だった「夢先案内人」ですね。この曲を中森明菜さんが歌っている動画をめっちゃ観て、イメトレしてからオーディションに臨んだんです。

―― 「夢先案内人」が現実でも伊藤さんを夢の実現に導いたわけですね。

伊藤 そうなんですよ。実際は1曲目の「恋におちて」を歌ったところで結果が決まったので「夢先案内人」は歌わなかったんですけど、やっぱり好きだし、大事な歌なので、ライブでもけっこう歌ってますね。

―― 例えば「夢先案内人」という歌に作者である宇崎竜童さんと阿木燿子さん、そして歌った山口百恵さんが込めたものが伊藤さんに届いて、さらに伊藤さんの表現によって、新しい時代に伝わっていくと思います。そこに込められたものこそが大事だし、それが時代の中でどのような形で伝わっていくかにまた興味が湧いてきます。

伊藤 そうですね。その概念というか、想いというか、形にはなっていないところに「歌謡曲」の本質はあるのかも知れないし、そこに私は興味を掻き立てられる気がします。そういうものを大事にして、これからも「歌謡曲」を追いかけて、自分でも創っていきたいと思います。

―― きっと伊藤さんが創るもの、歌うものが、その時代の「歌謡曲」をリードしていくことにもなるでしょうから、これからもその活動に注目していきたいと思います。

伊藤 うわー、責任重大ですけど、やり甲斐もめっちゃありますよね。とにかく、梶さんに倣いながら、自分の好きな歌を追究していきます。

―― 期待しています。どうもありがとうございました。

伊藤 これからもよろしくお願いします。

(聞き手・寧樂小夜)


〈伊藤美裕のミユダマ ~2018夏の歌謡祭~〉

8月25日(土) 12:00開場 12:30開演
会場:赤坂グラフィティ
出演:伊藤美裕、岩沢幸矢(ブレッド&バター)、川島ケイジ

予約:スネークミュージック tel.03-3260-8535
mail info@snakemusic.co.jp
※公演名・枚数・お名前・ご住所・お電話番号をご記入下さい。

問:スネークミュージック tel.03-3260-8535 / 赤坂グラフィティ tel.03-3586-1970


ご意見・ご感想を
お待ちしております。

お名前

メールアドレス

本文