今こそ、飛びだせ、スパイシー‼

2018年6月29日、スパイシーコウヤドウフが、公式ウェブサイトでバンド名を「ザ・スパイシー(THE SPICY)」と改めたことを発表した。当サイトで「阿久悠と歌謡曲の時代」を連載中の作家・プロデューサーの佐藤剛さんに、高い潜在能力とスター性を認められ、テクニックとセンスを磨きながら着実にビッグネームへの階段を上る5人の若者たちは、この改名を機にどんな飛躍を見せてくれることだろうか。最初の答えは10月29日にSHIBUYA CLUB QUATTROで行われるワンマンライブで明らかにしてくれるだろうが、ここでは5人が心機一転して音楽と向き合う大きなきっかけになったと思われる、4月開催のライブ『飛びだせ、スパイシー‼』の模様を写真と共にお伝えする。このステージでステップを踏んだ彼らの、10月のジャンプが大いに楽しみだ。

2018年4月14日 東京・SHIBUYA CLUB QUATTRO
飛びだせ、スパイシー‼

スパイシーと純烈、根底でつながり合う2組

4月14日、SHIBUYA CLUB QUATTROでスパイシーコウヤドウフ(以下スパイシー)のライブ『飛びだせ、スパイシー‼』が行われた。

結成から7年を経て、豊かなスター性や高い演奏力を評価されながら、まだブレイクには至っていない彼らにとって過去最大の会場。そこで5人がどんなステージを見せるか大いに注目されるところだったが、話題はもう一つ、近年オリコンのシングル週間演歌・歌謡ランキングで3作続けて1位を記録するなど、人気の波に乗るムード歌謡グループ、純烈のゲスト出演にあった。

“エンターテイメントロックバンド”として成長を続けるスパイシーと、結成以来のスローガンである「夢は紅白!親孝行!」を現実のものにせんと躍進する純烈。ロックと歌謡曲、普段は異なるフィールドで活動する2組のコラボは意外なものに思え、当人たちも実際に話が持ち上がるまでは想像したこともなかった企画。

ザ・スパイシー

純烈

そんな両者を結び付けたのは佐藤剛氏。「それぞれの音を聴いて、メンバーと話したら、根底でつながるところがあると思った」と発案の経緯を事もなげに話すが、芸術分野では感性による閃きが大切だということを示すエピソードと言える。

純烈の活動開始は2007年。3年後には念願のCDデビューを果たしたが、その後の歩みは順調とは言いがたいものだった。デビュー翌年である2011年に起きた東日本大震災の影響によって2ndシングルの発売が延期され、予定のプロモーションも中止、メンバーは前途に暗雲が立ち込めたように感じたと言う。そんな迷いを消し去ったのは慰問先で触れた被災者たちの笑顔と贈られた感謝の言葉。「そこで改めて僕たちはやっていける、やっていかなければいけないと思ったんです」とリーダーの酒井かずよしは当時を振り返る。

そして、震災はスパイシーにとっても転換点となった。実質的なリーダーであるボーカルのスパイシーナカーノは、こんな辛いことがある世の中で自分たちがやるべきは、誰もが楽しくハッピーになれる歌を届けることだと気付き、“エンターテイメントロックバンド”を結成し活動していくことを決めた。

ライブ本番間近に行われた情報サイト主催の対談で、ナカーノと酒井は、ともに震災がグループにとって一つの起点であったということを明かし、それによって両者の距離がさらに縮まったのを感じたと言う。佐藤氏が“根底でつながるところ”を感じていたのは正解だったのだ。

それぞれの魅力を存分に発揮した両者

そんな正しい直感によって迎えた初共演の日、ライブはスパイシーの公演にしては圧倒的に女性の比率が高い観客が詰めかけた中で始まった。もちろんその多くは純烈目当てのファン。「レッツ・ゴー・スパイシー!」の掛け声がかかる中、5人が登場しても、そこには互いに遠慮して距離を置いているような空気が漂い、「開演と同時に会場の空気は一気に最高潮へ」などとは決して言えない雰囲気だった。

それでも演奏を続け、彼らのレパートリーの中でも人気の高いポップ・チューン「ニューヤード」や「何もナッシング」が披露されると徐々に場内は熱気を帯び始め、純烈のファンたちが積極的に拍手を贈る姿が見られるようになってきた。

純烈とコウヤドウフを足したら“純豆腐スンドゥブのチゲ鍋”が出来るなどと、くだらない言葉遊びをしていた筆者にとってその様子は、まさに鍋料理が沸騰し、旨味を増していく過程にも見えたのだった。

そして8曲目、これも人気曲の「Y-O-Y」の途中で純烈のメンバーが登場。ここでファンの歓声が上がり始めると、勢いに乗って「福生ストラット」の舞台を、両者にとってのゆかりの地である池袋に換えた9曲目「池袋ストラット」が始まる。登場してまだ2曲目の純烈だが、楽しむこと楽しませることに関しては定評のある面々。もうメチャクチャの始まりで、本来は「おまもりに」「にりもまお」と発される歌の合間の掛け声は、「ふくとみたろう」の連呼(笑)。その人物が池袋にも支店のあったキャバレー・チェーンの創業者などとは知らないファンにとっては「?」の連続であったに違いない。そんな一種のカオスとなったCLUB QUATTRO。どんな場所であっても、ひとたび歌い始めると、自分たちのホームグラウンドであるスーパー銭湯の宴会場のように、その空気を換えてしまう純烈の真骨頂とも言えるシーンだった。

そんなゲストの域を超えたエネルギーの純烈を迎えたスパイシーのメンバーはどうだったかと言うと、ナカーノは歌声の伸びやかさを発揮し、またチェコ人の父親から受け継いだルックスで純烈ファンからも注目を集めていた。ベースのスパイシーマツモトは躍動感のあるプレイでバンドを支え、拙いながらも懸命なMCで楽しませてくれたドラムのスパイシーゴンゾも演奏では堅実にリズムを叩き出し、キーボードのスパイシーコウバヤシはキーボードにパーカッション、ギターとマルチプレーヤーぶりを見せてステージを多彩に盛り上げていた。最もクールなギターのスパイシータケウチは、想像もしなかったこの日の共演に事前には戸惑いもあったと言うが、初めて演奏したという「長崎は今日も雨だった」や「池袋の夜」といった演歌もそつなくこなして「正直言って初めは抵抗もありましたけど、想った以上に楽しめたし、いい経験になったと思います」と感想を聞かせてくれた。

純烈を呼び込んだコーナーでは、純烈のオリジナル「言葉足らずのメロディ」まで8曲が歌われ、メインボーカルの白川裕次郎が歌う「長崎は今日も雨だった」、普段はコーラスに回っている友井雄亮がリードを取った「あたしのブギウギ」など、メンバー一人ひとりが歌声を聴かせてファンを喜ばせた。ハイライトは、ナカーノが歌う「ハレルヤ」とシンクロした涼平の「昭和放浪記」。カナダの偉大な詩人であり、ロックの殿堂入りをするなどシンガーソングライターとしても活躍したレナード・コーエンが生み出した世界的に名曲と評価されている歌と、阿久悠と小林亜星のコンビによる隠れた傑作を組み合わせるという、通常では思い付きそうもないアイディアは佐藤剛氏のもの。いったい何が起きているのかはっきりとはわからなかった観客も少なくなかったろうが、迫力あるスパイシーのサウンドと、小田井の魂から振り絞るような歌は圧巻と言え、メインボーカルの白川だけでなく全員が個性豊かな歌声を持つ、純烈の強みを改めて実感させられた。

迫力の「ハレルヤ ~ 昭和放浪記」に続いては、がみ翔太と酒井がボーカルの「モニカ」。イケメンぶりを前面に出した後上に対し、酒井は完全な三枚目。ハクション大魔王を彷彿させるような珍妙な衣装で、通常とは異なる沸かせ方を見せたが、こういうことができるのも純烈ならでは。気付けば場内は一体化して、熱気に包まれた中で各色のペンライトが揺れていた。

ゲストコーナーが終わってからも興奮は続き、スパイシーは新曲「菜の花畑」などを披露して拍手と声援を集めた。アンコールでは純烈の最新シングル「プロポーズ」をスパイシーを交えて歌い、最後は10人全員で再度の「Y-OーY」。この曲には西城秀樹の「ヤングマン」に似た振りがついているのだが、この日2度目とあって、純烈ファンも参加して大盛り上がり。それぞれの魅力を存分に発揮したスパイシーコウヤドウフと純烈の初コラボは、多彩な内容とまさにスパイシーな味わいで、締めのアンコールまで楽しさいっぱい、ボリューム満点。満足感に溢れたファンの表情が、その成功を物語っていた。 終演後に聞いて回ったところ、純烈ファンにも好評だったスパイシー。魅力と可能性の豊かさは証明された。それが改名を経て、次のライブではどんな風に発揮されるのか注目したい。

(文・寧樂小夜)

セットリスト

  1. THANK YOU I LOVE YOU
  2. 君は僕のライフライン
  3. ニューヤード
  4. マッチョゴリラ
  5. 何もナッシング
  6. 銀色の腕
  7. すばらしいライブ
  8. Y-O-Y
  9. 池袋ストラット
  10. 長崎は今日も雨だった
  11. あたしのブギウギ
  12. 池袋の夜
  13. ハレルヤ ~ 昭和放浪記
  14. モニカ
  15. 言葉足らずのメロディ
  16. 僕たち私たち
  17. スンマソング
  18. 菜ノ花畑
  19. 〈アンコール〉
  20. プロポーズ
  21. Y-O-Y

ライブ写真


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